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福岡高等裁判所 昭和51年(う)313号 判決

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

当審における訴訟費用中、証人野口義人、同畑迫鉄治、同坪根政治、同原田洋、同染矢廣美及び同上野正に支給した分は被告人三名の、証人上潟口武に支給した分は被告人桐野、同笠原の各連帯負担とし、証人原田若次郎に支給した分は被告人笠原の、証人持山弥之助に支給した分は被告人徐の各負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人桐野の弁護人森川金壽、同早川健一が連名で差し出した控訴趣意書、控訴趣意補充書、控訴趣意補充書(その二)及び右弁護人森川金壽が差し出した「趣意書正誤について」と題する書面、被告人笠原の弁護人苑田美穀が差し出した控訴趣意書及び控訴趣意補充意見書、被告人徐の弁護人高良一男、同荒木邦一がそれぞれ差し出した各控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれらを引用する。

一(被告人桐野関係)

森川弁護人と早川弁護人の控訴趣意中事実誤認並びにこれに基づく法令の解釈適用の誤りの論旨について

所論は要するに、原判決は、原判示第一の一の事実について、被告人桐野が被告人笠原から受け取つた現金一〇〇万円の趣旨及びその認識につき、福岡歯科大学(以下「福歯大」という。)の設置認可申請の調査審議に関して、便宜な取扱いを受けたい趣旨のもとに供与されるものであり、かつその情を知つていた旨認定し、さらに原判示第一の二の事実について、被告人桐野が被告人笠原から受け取つた日本刀一振及び同拵一振並びに現金五〇万円の趣旨及びその認識につき、福歯大の設置認可申請の調査審議に関して、便宜な取扱いを受けたことの謝礼及び将来も便宜な取扱いを受けたい趣旨で供与されるものであり、かつその情を知つていた旨認定するが、右はいずれも誤認である。被告人桐野は第九期日本学術会議会員選挙に立候補したところ、九州歯科大学(以下「九歯大」という。)同窓会も被告人桐野を推せん支持し、右同窓会副会長である被告人笠原が、右選挙のための陣中見舞として、前記現金一〇〇万円を提供したので、これを受領したのであり、また、右日本刀一振及び同拵一振並びに現金五〇万円は、被告人桐野が右選挙に当選したので、被告人笠原がその当選祝として提供し、これを受領したものである。これらの事実は被告人桐野及び同笠原の原審公判廷における各供述により明らかである。これに反し、原判決が証拠とする被告人桐野の司法警察員及び検察官に対する各供述調書の自白部分は任意性も信用性もなく、また、被告人笠原の司法警察員及び検察官に対する各供述調書並びに歯科大学設立一本化問題の経過綴一綴(原審昭和四九年押第九一号の二)中の力武清士作成の資料(以下「力武資料」という。)及び同経過綴(追加分)一綴(同号の二〇)中の力武清士作成の行動表(以下「力武行動表」という。)中原判示に副う記載部分は、いずれも信用性がない。したがつて、原判決は証拠の評価並びに取捨選択を誤つて事実を誤認し、ひいては法令の解釈適用を誤つたものであり、これらの誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄されるべきである、というのである。

よつて先ず、所論指摘の原判決の証拠とする被告人桐野の司法警察員(一一通)及び検察官(五通)に対する各供述調書の自白部分の任意性及び信用性の有無につき検討する。

(一)  所論は、右の自白の任意性を否定すべき事由として、被告人桐野の司法警察員に対する前記各供述調書の自白部分は、警察官から「いいかげんに泥をはけ、東京あたりの甘つちよろい調べ方じあないんだから、夜中に博多へ連れて行つて九州の警察官の調べ方を見せてやる。あんまり我々をなめるな。」などと脅迫され、猛暑下で体調をこわしていたのに連日連夜にわたつて取調べられ、自白を強要又は誘導されて供述したものであり、また検察官に対する前記各供述調書の自白部分は、司法警察員に対する供述と同じ内容の供述をしなければいけないと考えて述べたものであるから、いずれも任意性がないというのである。

しかしながら記録によれば、被告人桐野は昭和四八年七月一二日午後一一時二七分ころ東京都警視庁において原判示第一の二の収賄と同一の被疑事実について、福岡地方裁判所裁判官発付の逮捕状に基づき逮捕され、同月一五日同裁判所裁判官から同被疑事実につき勾留状を発せられたものであるが、右逮捕の翌日である同月一三日午前九時五〇分ころ博多警察署において司法警察員から右被疑事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨告げられたうえ、弁解の機会を与えられるや、右金品のうち日本刀については、福歯大の教官の選任についてその教官の可否を笠原氏に教えてやつた謝礼としてもらつた旨供述し、現金五〇万円についても「福歯大の設立認可がおりたのでそのお礼として……貰いました」と供述して、右金品の賄賂性とその認識の存在について自白し、また同月一四日午後三時ころ右逮捕状により逮捕された被告人(但し、当時は被疑者)桐野を受け取つた検察官から弁解の機会を与えられるや、右現金五〇万円の趣旨につき「準備委員会からのお礼だというので受けとるのを断りましたが是非というのでもらつておきました」と供述しているほか、右被疑事実について右と同旨の自白をし、さらに同月一五日前記裁判所裁判官から同被疑事実についていわゆる勾留質問を受けた際も、右五〇万円の趣旨につき「大学設置について見込みがついたのでお礼と言つて持つてきたが私はもらいたくなかつたのですが置いていつたので私は絵を買つて贈りました」と供述し、右日本刀の趣旨につき「私は大学設置のいろいろな人間の資格に詳しいので、笠原に資格の認定はこうだ、書き方はこうだと教えました。これに対し笠原は、日本刀を持つており、自分が持つていても仕方がないというので受け取りました。」と供述して、ほぼ前と同旨の自白をしたこと、原判示第一の一の事実は、被告人桐野が前記被疑事実について取調べにあたつた司法警察員に対し、自ら進んで供述したものであつたこと、同被告人は、検察官から遅いときは午後一〇時ないし一一時ころまで取調べを受けたこともあつたが、該供述内容は相当複雑なものであつて、その取調べに時間を要したものと認められ、これが強制等のためであつたと考えられないのはもとより、取調べが右時刻に及んだことが、特に右供述の任意性に影響を与えたものとも認められないこと、さらに、同月一三日から同年八月三日までの間に被告人桐野の司法警察員に対する供述調書は一五通作成されているが、この間ほぼ一貫して自白がなされていること、被告人桐野の検察官に対する供述調書は同年七月一四日から同年八月五日までの間に六通作成されているが、同供述調書には本件一〇〇万円や五〇万円及び日本刀などの授受の際の具体的状況その他につき、被告人桐野の司法警察員に対する供述調書には現われていない具体的供述や、司法警察員に対する供述と異なつた供述も相当記載されていることが認められる。しかして関係証拠を精査しても、被告人桐野が原審あるいは当審において供述するほかは、所論のような自白の任意性を疑わせるような脅迫、強要又は誘導等による取調べや連日連夜にわたる取調べがあつたことを窺うにたりる資料は全く存在せず、被告人桐野の右供述部分はたやすく措信できないものである。

(二)  所論は、被告人桐野の前記各供述調書の自白部分には信用性がないと主張し、その事由として、

(1)  司法警察員に対する昭和四八年七月一三日付、同月二三日付並びに検察官に対する同月三〇日付、同月三一日付供述調書等には、被告人桐野が表現方法として使つたことのない「火を見るより明らかである」「ずばぬけて高額」などの記載がなされていること、

(2)  司法警察員に対する同年七月一三日付、同月一七日付及び検察官に対する同月一四日付供述調書等には、被告人桐野が福歯大の設立計画のあることを知つた時期や被告人笠原らと知り合つた時期、現金五〇万円を授受した日時、大学設置審議会(以下「設置審」という。)における部会割りが決定した日時等につき、客観的事実ないし状況と異なつた供述記載がなされていること、

(3)  司法警察員に対する同年七月二〇日付供述調書には「事前にあらかじめ指導して……担当部会及び総会で早い時期に可の判定を得られるように便宜を計つてやつたのです」とか、「……同大学の設立に関し有利になる取扱いをしてやつたのであります」など、捜査官が勝手に創作したものを被告人桐野の供述として記載していること、

(4)  司法警察員に対する同年七月二四日付供述調書には日本刀の授受の際の状況に関する供述記載があるが、その際、被告人笠原は被告人桐野に対し、日本学術会議会員選挙に当選したお祝いを述べているのに、右供述調書にはその旨の記載がなく、その他の調書においても被告人桐野にとつて有利と思料される事柄が記載されていないこと、

(5)  司法警察員に対する同年八月三日付供述調書には、被告人桐野が被告人笠原から博多織伊達巻をもらつたことにつき「福歯大設置認可の調査審議に当つてよろしくお願いしたいので、そのお礼としてであつたことはよくわかりますし……」との供述記載があるが、初対面の被告人笠原が名刺代りとして持参した伊達巻(二、三千円相当)が、右のようにお礼としての理由がつくほどのものとは、常識として考えられないこと、

(6)  検察官に対する同年七月一四日付供述調書には、現金五〇万円の授受に関し「笠原さんは教官のことについての指導のお礼として福歯大の準備委員会から差し上げたいと言われるので……受けとりました」との記載があるが、右は非常識であつて、このような露骨な申出があつたのならば、被告人桐野において右金員を受けとるはずはないこと、

(7)  司法警察員に対する同年七月二〇日付供述調書には、現金一〇〇万円の授受の際、被告人桐野において「それは何ですか、開けてみせて下さい」と言つて、被告人笠原をして右現金の入つていた包みを開けさせた旨の記載があるが、右のような行為は常識に反し、あり得ないことであること、

(8)  原判決は、被告人桐野の司法警察員及び検察官に対する各供述調書中「阿家」前路上における三〇万円の授受に関する供述部分には信用性がないといいながら、同一段階で作成された現金一〇〇万円や日本刀並びに同拵及び現金五〇万円の授受に関する供述部分には信用性があるというのは経験則に反すること

などの事実を指摘するのである。

よつて、右自白の信用性の有無につき、所論指摘の諸点を順次吟味するに、

(イ)  前記(1)に関し、いわゆる供述調書は供述書と異なり、供述者の供述を録取するものであつて、必ずしも供述者の発した言葉ないし表現が、そのまま調書に記載されるものではないので、意味的同一性を有する限り、被告人桐野が通常使用しない表現で、要約的に記載されていたとしても、それをもつて該供述調書の信用性が直ちに否定されるものではない。

(ロ)  前記(2)につき記録によれば、被告人桐野が逮捕されたのは、前示のとおり昭和四八年七月一二日であるところ、所論指摘の被告人の供述中に客観的状況と食い違う点がみられるのは捜査の当初の段階においてのみである。一般に捜査当初における関係人の供述が記憶の未整理等のため、不正確なものを含むことはしばしばみられるところであつて、本件の場合においても約二年前の諸状況につき突然取調べを受けたのであるから、その供述の際に記憶に曖昧な点があつたとしても、やむを得ないことであり、右のような曖昧な点も捜査が進むにつれ整理されて明確になるものである。したがつて、記憶の整理されない状態の供述記載で、一部に不明確な点を含んでいても、これをもつてその供述調書全体の信用性を否定することは当を得たものではない。

(ハ)  前記(3)に関しては、関係証拠によれば、被告人桐野は福歯大の教員組織について、あらかじめその適否の判断をしてやつたり、教員の業蹟や履歴など文部省に提出する書類の書き方等を指導してやつたりしたことが認められるので、捜査官が勝手に創作したものでないことは明らかであるから、所論は是認できない。

(ニ)  前記(4)に関し、被告人桐野の司法警察員に対する昭和四八年七月二四日付供述調書中には、本件日本刀の授受の際に被告人笠原が、被告人桐野に対して述べたことのうち、同被告人が学術会議会員選挙に当選したことの祝いを述べた部分の記載がないことは、所論指摘のとおりであるが、被告人桐野の検察官に対する同月三一日付供述調書によれば、被告人笠原は日本刀及び同拵を出し、いつもお世話になつていることに対するお礼である旨を述べてから現金入り祝儀袋を出し、前記選挙に当選したお祝の言葉を述べたことが記載されているのである。この点からすれば、司法警察員に対する前示供述調書が前記のような供述記載になつたのは、司法警察員において被告人桐野の供述した被告人笠原の言動のうち主要な部分のみを選択して記載したためであるか、あるいは被告人桐野において被告人笠原の言動のうち当選祝の言葉を司法警察員に供述したためであるかのいずれかであると推認される。しかして、後者の場合はもとより、かりに被告人桐野が捜査官に対し供述したのにこれが調書に記載されていなかつたとしても、供述調書には供述者の供述したことのすべてを記載しなければならないものではないのであるから、この事実のみをもつて該供述調書の信用性を否定することはできない。

(ホ)  前記(5)に関しては、記録を精査しても、被告人桐野が被告人笠原から伊達巻をもらつた際、被告人桐野において右伊達巻の価額が二、三千円であることを知り得たとうかがわせる資料は存しない。かりに、被告人桐野において右価額相当の物品であることを知り得たとしても、昭和四六年当時の価額としては必ずしも少額ということはできないのであつて、被告人桐野において被告人笠原が右物品を持参したのは福歯大設置認可申請の調査審議に当つてはよろしくお願いする趣旨であると考えたとしても、決して不自然又は不合理なことはなく、常識として考えられないことでもない。

(ヘ)  前記(6)につき、関係証拠によれば、被告人桐野は前示(ハ)の如く福歯大の設置認可申請に関し、その教員組織について被告人笠原らを指導してやり、その後昭和四六年一一月二九日及び翌三〇日に開催された第二回歯学専門委員会では教員組織のうち一名が決定留保となつたほか、全員適格者と決定されたことが認められ、これらの事実に徴すると、本件五〇万円の授受に際して、被告人笠原が右に関するお礼として差し上げたいと述べることは十分にありうることであつて、これをもつて非常識であると断ずることはできない。

(ト)  前記(7)に関し、被告人桐野の検察官に対する昭和四八年八月一日付供述調書には、本件の現金一〇〇万円を授受した際に、被告人桐野において右現金が入つた包みを「開けてみたように思うのですが」と記載され、これによれば右については正確な記憶がなかつたものと認められる。したがつて、同被告人の司法警察員に対する同年七月二〇日付供述調書に記載されたことも正確な記憶にもとずくものとは認められず、かかる不正確な記憶による供述を前提に所論の如く断ずることは相当でない。

(チ)  前記(8)に関していえば、原判決は前示現金三〇万円の授受に関する前記各供述部分はいずれも該現金の授受自体に疑問が存することを理由として信用性がない旨認定しているのである。したがつて、原判決が右各供述部分を採用しなかつたことを理由として、金品の授受自体については、争いも疑問もなく、授受の趣旨及びその認識についてのみ争いがあるにすぎない現金一〇〇万円や日本刀並びに同拵及び現金五〇万円に関する前記各供述部分の信用性を否定することはできず、原判決が前者につき信用性を否定する一方、後者につき信用性を肯定しても、右の如く供述主体を同じくするとはいえ、供述にかかる事柄と信用性の根拠を異にするので、何ら経験則に反するものではない。

翻つて、原判決が証拠とする被告人桐野の前掲各供述調書の自白部分そのものを吟味するに、いずれもその自白内容は具体的であり、前示のとおり所論指摘の部分はもちろん、その他の部分においても不自然な点は少しもなく、関係証拠に現われる個々の客観的状況とも整合し、矛盾その他信用性を阻害すべき事由を発見することはできない。

なお、所論は以上のほか被告人桐野の司法警察員に対する弁解録取書、裁判官に対する(勾留)陳述調書、司法警察員に対する昭和四八年七月二二日付、同月二三日付及び同月二七日付各供述調書を摘示して、その任意性や信用性のないことを主張するのであるが、右はいずれも原判決が証拠としていないものであつて、右所論は適切な控訴の理由にあたらない。

次に、所論指摘にかかる原判決の証拠とする被告人笠原の検察官に対する供述調書(四通)中原判示に副う供述部分の信用性の有無につき検討する。

所論は、被告人笠原の検察官に対する右各供述調書の信用性を否定すべき事由として

(1)  被告人笠原の検察官に対する昭和四八年七月二九日付供述調書には、同被告人は昭和四六年一二月七日被告人桐野に対し、日本刀及び現金五〇万円などを贈つた際の状況について、「桐野先生にお会いして、福歯大のことで大変お世話になつておりますが」と前置きし、「学術会議に当選されておめでとう」と述べたとの供述記載がなされているが、右は事実に反する。当日、被告人笠原は純然たる九歯大同窓会からの使者としてうかがつたことを述べたに過ぎないこと、

(2)  右調書には、右日本刀や現金五〇万円の趣旨につき、学術会議会員選挙の「当選祝い」の意味もあつた旨の記載があるのに、被告人桐野の検察官に対する昭和四八年七月一四日付供述調書には「……学術会議の会員に当選したお祝としてもらつた覚えはありません」との記載がある。このことは被告人桐野及び同笠原を取調べた同一の検察官が恣意に供述調書を作成した証左であること、

(3)  被告人笠原の検察官に対する昭和四八年八月二日付供述調書には、被告人桐野と被告人笠原ら九歯大関係者との交際状況につき、前回までの学術会議会員選挙で対立する関係にあり、その他の面でも親しくはなかつたなどと事実をまげて記載されていること、

(4)  被告人笠原の検察官に対する昭和四八年八月四日付及び同年九月五日付供述調書には、被告人笠原は昭和四六年一〇月六日被告人桐野に現金一〇〇万円を贈つた際のことについて「その際私は桐野先生に自分が今回の福歯大の設立認可申請に当つて教員組織の責任者をしておるのでよろしく御指導を……」と述べたとの供述記載がなされているが、右は事実に反し、被告人笠原は「日本歯科医師会の常務理事として定期的に上京するので、こちらへ来るついでに使い走りを仰せつかつてきました」と述べたに過ぎないこと、

(5)  原判決は、被告人笠原の検察官に対する各供述調書中「阿家」前路上における現金三〇万円の授受に関する供述部分には信用性がないといいながら、同一段階で作成された原判示第二の一の現金一〇〇万円や同第二の二の日本刀及び同拵並びに現金五〇万円などの授受に関する供述部分には信用性があるというのは不合理であること

などを指摘するのである。

よつて、右供述証拠の信用性の有無につき、所論指摘の諸点を順次吟味するに

(イ)  前記(1)につき、関係証拠によれば、被告人桐野は昭和四六年八月一〇日第九期日本学術会議会員選挙に立候補し、同年九月七日右選挙運動のため九歯大に赴き、九歯大同窓会は同月一四日開催された役員会で、被告人桐野を推せんすることに決定したことが認められるが、記録を精査しても、九歯大同窓会が被告人桐野の右選挙のために金員を支出する旨の決定をしたことをうかがわせる資料はない。ただ記録によれば、九歯大同窓会は昭和四六年二月二七日開催された評議員会において、医政部会費として一二〇万円の予算が計上されたが、医政部会費というのは学術会議会員選挙に関する費用のみをいうのではなく、それをも含め大阪歯科大学(以下「大阪歯大」という。)など他の歯科大学との懇親会費などに当てる費用として認められたものであり、また昭和四六年二月当時、被告人桐野は未だ前記選挙には立候補していなかつたことが認められるうえ、同年一〇月六日に供与された一〇〇万円と右日本刀一振(価額三〇万円)並びに同拵(価額一二万円)及び現金五〇万円とを合計すれば、右医政部会費一二〇万円をはるかに超過していること、他面、記録を精査するも、九歯大同窓会が被告人桐野の当選祝のために純然たる使者をたてるほど、両者間に親密な関係があつたことをうかがわせる資料はなく、かえつて、被告人桐野と同笠原らとの間には、前示のとおり福歯大の設置認可申請に関連して、緊密な関係が生じたことが認められるのであつて、前示の如く任意性及び信用性に欠けるところのない被告人桐野の検察官に対する昭和四八年七月三一日付供述調書によれば、被告人笠原は日本刀一振と同拵一振をさし出して、いつもお世話になつているお礼である旨申し述べた後、現金五〇万円入りの祝儀袋をも出し「九歯大同窓会からのお祝です」と申し述べたことが認められ、これらの事実に徴すると、所論を是認することはできない。

(ロ)  前記(2)に関し、前示のとおり任意性及び信用性に欠けるところのない被告人桐野の検察官に対する昭和四八年七月三一日付供述調書によれば、同被告人は同日の取調べの段階で、はじめて現金五〇万円が入つた祝儀袋の表面に「御祝九州歯科大学同窓会」と書かれていたことを思い出すとともに、被告人笠原からも当選の祝を言われたような記憶が蘇つたこと、さらに、捜査の当初の段階では日本刀などは福歯大設立準備委員からのお礼としてもらつたとしか考えなかつたため、その旨取調官に供述したものであることが認められる。そうだとすると、右のような経験事実の再生に伴う記憶の明瞭化による供述の変せんには少しも不自然さはないから、前記調書を検察官が恣意に作成したものであるとする所論は是認できない。

(ハ)  前記(3)につき、関係証拠によれば日本学術会議第七部の歯学部門の会員は定員が二名であることから第八期学術会議会員選挙までは九歯大と大阪歯大とが共同して一名の立候補者を出し、東京医歯大など他の歯科系大学などからの立候補者と対立関係にあつたことが認められる。したがつて、前記調書が事実をまげて記載されているとする所論は当を得ないものである。

(ニ)  前記(4)につき、関係証拠によれば、被告人笠原は準備委の総務部長で、福歯大の教員組織の整備についても、その責任者として活動していたこと、及び同被告人は当日福歯大の設置認可申請の調査審議に関し便宜な取扱いを受ける目的をもつて被告人桐野を訪問したものであるから、同被告人に対し当時被告人笠原にとつて最も重要な課題であつた福歯大の教員組織に関し、指導を依頼する挨拶をしたことは極めて当然であり、これを否定する所論に左袒することはできない。

(ホ)  前記(5)に関していえば、原判決は前示現金三〇万円の授受に関する前記各供述部分はいずれも同現金の授受自体に疑問が存することを理由として、信用性がない旨認定しているのである。したがつて、原判決が右各供述部分を採用しなかつたことを理由として、金品の授受自体については争いも疑問もなく、授受の趣旨及びその認識についてのみ争いがあるにすぎない現金一〇〇万円や日本刀並びに同拵及び現金五〇万円に関する前記各供述部分の信用性を否定することはできず、原判決が前者につき信用性を否定し、後者につき信用性を肯定しても、根拠を異にするので何ら不合理ではない。

かくして、原判決が証拠とする被告人笠原の検察官に対する前掲各供述調書中原判示に副う供述部分はいずれも、所論指摘の部分を仔細に吟味しても信用性を否定するに足らず、その他の部分においても不自然な点は少しもなく、関係証拠に現われる個々の客観的状況とも整合し、矛盾その他信用性を阻害すべき事由を発見することはできない。

なお所論は、以上のほか被告人笠原の司法警察員に対する昭和四八年七月一六日付、同月一九日付、同月二〇日付、同月二三日付、同月二五日付、同月三〇日付、同月三一日付、同年八月二日付、同月八日付、同月九日付及び同月一六日付各供述調書並びに検察官に対する同年七月二八日付及び同年八月五日付各供述調書についても、信用性がないと主張するが、右はいずれも原判決が被告人桐野に関する証拠とはしていないものであるから、所論は適切な控訴の理由にあたらない。

さらに、所論指摘の力武資料及び力武行動表中原判示に副う記載部分の信用性の有無につき検討すべきところ、所論によれば、力武資料及び力武行動表は実際の出来事より遥か後日に作成されたもので、この根拠資料も不明であるから、信用性を欠くというのである。

よつて案ずるに、昭和四七年一一月一〇日付福岡歯科学園理事長穂坂恒夫作成の「『設立認可のプロフイル』編集資料の提出方について」と題する書面及び証人力武清士の原審公判廷における供述によれば、力武清士は福歯大設立準備委員会(以下「準備委」という。)実行委員中東京に在住していた唯一人であつて、同委員会の総務を担当し、右設立準備に関して文部省との折衝、教官組織の依頼、福岡との連絡等の事務にあたつていたものであるところ、力武資料及び力武行動表は福歯大の設立が認可された後、同大学設立の経過や活動状況等を後世に残すために、同大学理事長の依頼に応じ、右力武において当時書き残していた日記帳やメモに基づき作成して同大学に提出したものであつて、同人の主観も混じり多少誇張された記載部分もあり、同人の右日記帳(前同号の三の一、二)自体も客観的事実の記載にとどまらず、感想を記載した部分も少なくなく、客観的事実に関する記載も被告人桐野の日記に比し簡単であり、後者には記載されているのに前者には記載されていないものも存在するとはいえ、右力武の日記帳に記載された事実自体は記載事項の発生した日から少なくとも二、三日以内にその都度自ら記載したものであり、力武資料及び力武行動表に記載された事実自体とともに、些細な点で客観的事実と異なるところは散見されるものの、福歯大設立に関する被告人笠原ら準備委関係者の行動や被告人桐野の行動及び右両者の接渉状況その他本件の経緯の根幹をなす事項に関する限り、関係証拠に現われた個々の客観的状況とも整合し、矛盾その他信用性を阻害すべき事由を発見することはできない。

以上のとおりであるから、原審が被告人桐野の司法警察員及び検察官に対する前掲各供述調書、被告人笠原の検察官に対する前記各供述調書、力武資料及び力武行動表中原判示認定に符合する部分を措信したことに過誤はなく、これらの証拠を含む原判決挙示の証拠によれば、

1 被告人桐野は昭和三〇年から東京医歯大教授であつたところ、昭和四〇年七月から昭和四四年三月まで設置審から付託されて歯科大学の専門過程における教員組織の適否を審査する歯学専門委員会の委員となり、昭和四五年五月から設置審の委員となり、同時に設置審の大学設置分科会会長指名によつて歯学専門委員会の構成員をも兼ねていたこと、他方、第九期日本学術会議会員選挙(昭和四六年七月六日立候補届出受付開始、同年八月一〇日同締切、同年一〇月一日投票開始、同年一一月二五日投票締切、同月三〇日当選者決定)に立候補(届出は同年八月一〇日)しこれに当選したが、これより先き同年九月七日右選挙運動のため、東京医歯大選対本部委員長堀川教授とともに九歯大に赴き、同大学学長坪根政治らと会食し、九歯大同窓会は同月一四日の役員会で被告人桐野を推せんすることに決定したこと、

2 福歯大は昭和四八年四月開校したのであるが、その設立経過をみるに、昭和四五年四月ころから私立歯科大学の設立を企画し、その準備をすすめていた九歯大同窓会と、これとほぼ併行して同じく私立歯科大学の設立を企画し、その準備をすすめていた九州歯科医師連合会とが、昭和四六年八月ころ一つにまとまつたすえ、設立が成就するに至つたものであること、

3 およそ、私立大学を設立するには毎年九月末日までに、文部大臣に対し大学設置認可申請書(窓口は文部省大学学術局庶務課)と私立学校設立認可申請書(窓口は文部省管理局振興課)を提出し、文部大臣の認可が必要とされるが、文部大臣においては右大学設置認可申請については設置審に、右私立学校設立認可申請については私立大学審議会にそれぞれ諮問し、その答申を得て後、認可するか否かを決定するものであること(なお、過去において、答申と異なる認否の決定がなされた例はない)、

4 被告人笠原は、昭和四三年から九歯大同窓会副会長をしており、昭和四六年八月下旬に準備委が発足してからは、その総務部長となり、主として教員組織の整備に当つていたものであること、

5 準備委としては、昭和四六年九月三〇日文部大臣に対し福歯大設置認可申請書を提出したが、その前日の同月二九日準備委副委員長松尾捷三、同加治得治、同実行委員灘吉虎夫らが被告人桐野を訪問し、福歯大の設置認可申請書を提出するので、調査審議のときはよろしくお願いする旨挨拶し、さらに同年一〇月四日準備委員長穂坂恒夫、前記灘吉虎夫、準備委実行委員七熊治夫、同力武清士及び九歯大同窓生で準備委のため協力していた染矢廣美らが被告人桐野のもとに赴き、右認可申請をしたのでよろしくお願いする旨挨拶し、その際同被告人から設置審の審査基準等につき教えを受けるとともに、前記大学設置認可申請書の副本に基づき教員組織の適否を個別に検討してもらつたところ、不適格と思料される教員が多数存在することを指摘されたこと、なお、同日同被告人から歯学専門委員総山教授や同委員会の臨時構成員三浦教授を紹介され、また福歯大の教員として東京教育大学の木村教授を通じ、同大学の高橋助教授をも紹介されたこと、

6 同日上京した被告人笠原は、右実行委員らから前示状況の報告を受けたが、当時九歯大関係者には設置審に関与している者が居なかつたところから、被告人桐野を設置審における唯一の窓口として、同被告人から福歯大設置認可申請の審議に関する情報を得たり、諸々の指導をしてもらい、さらに右審議の際は福歯大の立場を擁護してもらつたりする必要があると判断したこと、そこで、被告人笠原は、被告人桐野が日本学術会議会員選挙に立候補していたことを奇貨とし、同選挙の陣中見舞の名目で、同被告人に金員を供与し、同被告人から福歯大の設置認可申請の調査審議に関して前記の如き便宜な取扱いを受けようと考えたこと、そして、被告人笠原はこの意図に基づき、同月六日東京医歯大の被告人桐野の教授室に赴き、同被告人に対し表向きは「私が福歯大の設立認可申請に当つて教員組織の責任者をしているのでよろしくお願いします。これは九歯大同窓会より陣中見舞として持つてきたのでどうぞお納め下さい。」と言つて、現金一〇〇万円入りの、表面に「陣中見舞九歯大同窓会」と書かれた祝儀袋をさし出したこと、被告人桐野は、前示のとおり、その二日前の一〇月四日に穂坂恒夫らの来訪を受け、福歯大の設置認可申請につきよろしくお願いする旨言われていたことと思い合せ、右金員が設置審における調査審議に際し福歯大のため便宜な取扱いを受けたい趣旨のものであることを了解するとともに、九歯大同窓会の主だつた人々が、その中心となつて設立の準備をすすめている福歯大設立のために、九歯大同窓会の名目で提供してきたものであることも認識しながら、これを受けとつたこと、なお、右一〇〇万円はその後被告人桐野において右学術会議会員選挙の費用として費消したこと、

7 同年一〇月一二日被告人桐野は、前示不適格と思料される教員と差し替えるべき教員多数の履歴書、職務調書及び業蹟書等を携帯した被告人笠原及び力武清士の訪問を受け、右差し替え教員の適否の判断を依頼されたものの、多忙のため依頼に応じられなかつたが、同月一四日右適否の判断を求めるため再び来訪した被告人笠原らに対し、右教員のうち数名のものには適格性に疑問があることを指摘して教示したこと、

8 第一回歯学専門委員会は、同年一〇月一八日と翌一九日の二日間にわたつて開催されたが、右一八日夜、被告人笠原や穂坂恒夫らは被告人桐野を料亭に招待し、右歯学専門委員会における審議の状況を聞く意図であつたが、同被告人が酒に酔つたため聞きだすことはできず、翌一九日被告人笠原は力武をして被告人桐野のもとに赴かせて、右委員会の審議結果を尋ねさせ、これを翌二〇日に開催された準備委第一回総務委員会で報告させたが、それによると、右歯学専門委員会における審議の結果、福歯大が申請していた教員の半数に近いものが不適格者と判定されていたこと、

9 右のような経緯から、被告人笠原は第二回歯学専門委員会においては全教員が適格者であるとの判定を得べく、それまでに被告人桐野より受けた前示指導に基づき、差し替え教員の書類を整備し、同年一一月四日右書類を携行して被告人桐野を訪問し、これを点検してもらつたところ「大体よい」との判断を示されたこと、

10 同月二五日被告人桐野は被告人笠原や穂坂らの訪問を受け「第二回専門委員会の審査の際はよろしくお願いします」と依頼を受けたこと、

11 被告人笠原は、前示の如く被告人桐野から歯学専門委員会における状況を知らせてもらい、差し替え教官につきその業蹟などの書き方、教員の経験年数の計算方法などにつき教示や指導を受け、さらに教員の適否の判断をしてもらうなどの世話になつており、また、設置審や歯学専門委員会における調査審議においては、福歯大の設置認可のために便宜な取扱いを受けたと判断するとともに、将来も右と同じく設置審において福歯大の立場を擁護してもらわなければならないとの考えから、被告人桐野に対し金品を贈ることとし、同年一一月下旬ころ、右意図を前記力武及び染矢に話したところ、染矢から「桐野先生は刀が好きだから刀がよいのではないですか」と告げられたこと、

12 同月二九日被告人笠原は前記七熊に対し刀の準備を依頼したが、刀のみでは十分でないと考え、現金五〇万円をも一緒に贈ることを企画したこと、

13 第二回歯学専門委員会は、同年一一月二九日と翌三〇日の二日間開催され、福歯大の教員組織は一名が決定留保となつたほかはすべて適格者と判定されたこと、

14 同年一二月一日被告人笠原は、前記力武から被告人桐野が前記学術会議会員選挙に当選したこと及び第二回歯学専門委員会の審議の結果を電話で報告され、前記の刀及び現金五〇万円を前記趣旨で贈ることとし、表面的な名目を右選挙の当選祝としたこと、そこで、同月二日同被告人は準備委財政担当実行委員である被告人徐三春に対し、電話で現金五〇万円と刀を当選祝として被告人桐野に贈るので、その費用を準備するよう指示したこと、

15 被告人徐は、同月三日準備委事務員に対し、右五〇万円は同月七日に被告人笠原が上京する際に持参するので、同月四日には準備しておくよう指示し、同事務員図師議において現金五〇万円を準備していたところ、同月四日福岡市所在船津ビルの準備委事務所に被告人笠原が来て、その指示で右五〇万円を祝儀袋に入れ、その表面に「御祝九州歯科大学同窓会」と書いて、これを同被告人に渡したこと、また同月六日準備委事務員井上芳輔は刀剣取引業川上保から代金合計四二万円で日本刀一振(価額三〇万円)及び同拵一振(価額一二万円)を買求め、翌七日右船津ビルの準備委事務所で被告人笠原に渡したこと、

16 被告人笠原は、右日本刀一振と同拵一振及び前記祝儀袋入りの五〇万円を持つて、同日上京し、東京医歯大の被告人桐野の教授室に赴き、同被告人に対し、前示の如き意図でありながら表向きは「福歯大のことで大へんお世話になつております。」「学術会議に当選されておめでとうございます。」「この刀は私の家にあつたものですがお祝のしるしに受けとつて下さい。」などと言つて日本刀をさし出し、さらに現金五〇万円入りの祝儀袋を「九州歯科大学同窓会からのお祝です。」と言つてさし出したこと、

17 被告人桐野は、被告人笠原が福歯大の設置認可申請の調査審議に関して便宜な取扱いを受けたことの謝礼の趣旨であるとともに、将来も福歯大が設置審の調査審議で有利な取扱いを受けるよう助力をお願いしたい趣旨から右金品をさし出されることを了解し、これと同時に、九歯大同窓会からというのは前示の一〇〇万円の場合と同様名目上のことで、実際は九歯大同窓会が主体となつてすすめている福歯大の準備委からのものであると認識しながら、これを受け取つたこと、なお、右五〇万円はその後被告人桐野において自己の当選披露パーテイー費用などに費消したこと、

18 昭和四七年七月六日被告人桐野は、右五〇万円及び日本刀などのお返しとして石田粧春作の日本画を福歯大へ持参したこと、

以上の事実が認められ、被告人桐野及び同笠原の原審及び当審公判廷における各供述中右事実に反し所論に副う供述部分は不自然な点が目立ち、しかも他の関係証拠に現われる客観的状況とも整合しないので、たやすく措信することができない。

右の事実関係によれば、被告人桐野は設置審の委員であり、且つ歯学専門委員会の構成員であつたが、被告人笠原から福歯大の設置認可申請について、右設置審及び歯学専門委員会における調査審議に関し、便宜な取扱いを受けたい趣旨で供与されるものであることを知りながら、前記選挙の陣中見舞の名下に現金一〇〇万円の供与を受けたものであること、また、右調査審議に関して便宜な取扱いを受けた謝礼としての趣旨及び将来も同様の便宜な取扱いを受けたいとの趣旨で供与されるものであることを知りながら、前記選挙の当選祝の名下に日本刀一振及び同拵一振並びに現金五〇万円の供与を受けたものであることが明らかである。

これに反し所論は、被告人桐野が昭和四六年一〇月六日に受領した現金一〇〇万円は、祝儀袋に「陣中見舞九州歯科大学同窓会」と書かれており、また同年一二月七日に受領した現金五〇万円も祝儀袋に「お祝九州歯科大学同窓会」と書かれてあつたもので、右はいずれも日本刀及び同拵とともに福歯大の設置認可申請とは関係のないものであつて、それ故にこそ被告人桐野は受領したものである。このことは、同被告人が大学の設置認可申請に関係があると思料された浪速医科大学理事長寺中達夫から提供された一〇〇万円、金沢医科大学設置準備副委員長小市政男から提供された一〇〇万円及び高宮学園理事長鈴木貞枝から提供された一〇〇万円につき、いずれもその受領を拒絶したことからも明らかであるというのである。

しかしながら、原判決の挙示する関係証拠によれば、被告人桐野は、前示認定の如く九歯大同窓会との間に、右同窓会から陣中見舞として一〇〇万円もの金員を贈られるような関係は何ら存在しなかつたのに反し、福歯大設置認可申請に関しては、その準備委の委員らと昭和四六年九月二九日以降しばしば面会し、福歯大の教員組織の適否の判断をしてやり、差し替え教員の申請書類の書き方を指導し、歯学専門委員会の審査状況を知らせるなどの事実が認められ、被告人桐野も捜査官に対して自白しているように、このようなことから九歯大同窓会からというのは名目だけであつて、真実は前示のとおり福歯大の設置認可申請の調査審議に関して便宜な取扱いを受けたい趣旨、さらに便宜な取扱いを受けたことに対する謝礼や将来も便宜な取扱いを受けたい趣旨で供与されるものであるとの認識のもとに、前記一〇〇万円、日本刀及び五〇万円などを受領したものであることが認められる。なお、所論はいずれも設立準備中の前記浪速医科大学、金沢医科大学や高宮学園関係者からの各一〇〇万円はいずれも選挙費用として提供されたが、その趣旨に疑念がもたれたので返金したものであるところ、本件金品については右の疑念が何ら生じなかつたものというのである。しかし、記録によれば右の金沢医科大学設立準備委員長小市政男から一〇〇万円を提供されたのは昭和四六年一二月二五日ころであり、高宮学園理事長鈴木貞枝から一〇〇万円を提供されたのは昭和四八年一月二六日であつて、いずれも第九期日本学術会議会員選挙終了後のものであり、右三者はいずれもそれまで被告人桐野とは何の接触も持たなかつたものであるうえ、右浪速医科大学の設立準備計画は福歯大のそれに比し教官の人選において数等ずさんであつたため殆ど設立認可見込のないものであつたから、被告人桐野において右三者のいずれからも前記選挙の費用等にかこつけて前記各金員を受け取ることができなかつたものと認められる。したがつて、これらの金員をもつて被告人笠原から提供された本件金品と同一に論ずることはできない筋合いである。

次に所論は、被告人桐野が立候補した日本学術会議第七部は他の部に比して有権者が多く、多額の選挙費用を要するうえ、歯学関係者の間では被告人桐野が、会員二名と限定されている右第七部の歯学部門から立候補するのではなく、同第七部の基礎医学部門から立候補したことを歓迎し、同被告人を当選させたいとの気運が高まり、こぞつて同被告人を応援するに至り、九歯大同窓会からも右選挙の資金援助として一〇〇万円が提供され、さらに右選挙に当選した祝として日本刀や現金五〇万円などが贈られたのであつて、他にも鶴見大学教授長尾優から陣中見舞として八〇万円、当選祝として三〇万円を、日本歯科大学教授中原から陣中見舞として三〇万円を、慈恵会医科大学学長〓口一成から当選祝五〇万円を、名古屋市医師会長吉田誠三から陣中見舞として五〇万円をそれぞれ贈られるなど、多数の団体や個人から右選挙に関して金員を贈られており、その中には被告人笠原からの前記金額と同等又は大差のない金額があるのであるから、被告人笠原から贈られた金額が検察官主張のように、他に比してずばぬけて高額とはいえず、それが右選挙に関する金員であるとすることに何ら不合理はないと主張するのである。

よつて検討するに、関係証拠によれば、日本学術会議第七部の歯学部門の会員の定員はわずか二名であることから歯学関係者はかねてからこれを三名にしたいとの希望をもつていた折、被告人桐野が右歯学部門からではなく基礎医学部門から立候補することとなつたため、歯学関係者においてこれを支援する気運に向つていたことは認められる。しかしながら他面、九歯大が被告人桐野との間に右選挙に関して接触を持つに至つたのは、前示のとおり同被告人が右選挙運動のため昭和四六年九月七日九歯大を訪問し、九歯大同窓会役員会が同月一四日被告人桐野を推せんすることに決定したという程度のものであつて、右の他には同被告人と右同窓会との間に特別の連携関係ないし義理合いは何ら存在しなかつたものであり、そのような程度の関係のみによつて選挙運動の資金援助として一〇〇万円を、また当選祝として現金五〇万円と価額合計四二万円相当の日本刀や同拵をそれぞれ提供するということは極めて不自然である。これを九歯大と同様に被告人桐野を応援し且つ、九歯大と異ならない立場にあつた大阪歯大の場合と対比してみても、同大学から右のような陣中見舞や当選祝などの金品を贈られた形跡は認められない。また、所論の鶴見大学教授長尾優ら比較的高額の提供者は、被告人桐野と特別の親交を有する者であることが認められるので、これらの者の場合と被告人笠原の場合とを同一に論ずることは相当でない。

さらに所論は、被告人桐野が、被告人笠原ら準備委の者に対し、(一)大学設置の審査基準や申し合せ事項に照らして教員組織の適否の判断をしてやつた行為、(二)歯学専門委員会の審査の結果を知らせた行為、(三)要求に応じて教官一名を紹介してやつた行為は被告人桐野の職務行為にも職務に密接に関係する行為にもあたらないと主張するのである。

しかしながら、収賄罪にいわゆる職務に関する行為とは、公務員が法令上管掌する本来の職務行為のみならず、それ職務に密接な関係を有するいわば準職務行為又は事実上所管する職務行為をも含むものと解するのが相当であるところ、所論にかかる右(一)の行為は、被告人桐野の如く前記歯学専門委員会の構成員にしてはじめてなしうる具体的な実質的判断行為であり、本来の職務執行に対しその準備行為として実質的な影響力をもつ行為であり、また右(二)の行為も、右歯学専門委員会の構成員又は所管の文部省事務局職員等のみがなしうる行為であり、いずれも右歯学専門委員会の構成員として法令上管掌する職務に関連し、事実上所管する職務内の行為というべきであるから、当時私立大学教員の適否を審査する右専門委員会の構成員をつとめていた被告人桐野としては、その職務と密接な関係のある行為であつたといわなければならない。なお、右(三)の行為はこれを単独にみる限り、被告人桐野の職務と密接な関係を有するものではないが、原判決はこれを目して「福歯大の設置認可申請の調査審議に関して便宜な取扱いを受けた」ものと認定しているものとは解せられない。そうすると、所論はこの点で前提を欠くものというべきである。したがつて、右所論はいずれも失当である。

なお所論は、被告人桐野は学者としての信念に基づいて被告人笠原ら福歯大関係者に前示のような指導などを若干してやつたものであつて、便宜な取扱いをしてやつたものではないと主張し、同被告人が学者として卓越し、優れた業績を有することはまことに所論のとおりである。しかし、収賄罪は公務員が職務に関して賄賂を収受することによつて成立するものであり、たまたま右公務員が学者であつて、その信念に基づいてなしたとしても、そのことのみによつて収賄罪そのものの成否に消長を及ぼすものではなく、また、同被告人が職務に関し便宜な取扱いをしたことは前叙のとおりであつて、所論は採用するに由ない。

以上のとおりであるから、原判決の事実認定に誤りはなく、その他記録を精査し、当審における事実取調べの結果を検討しても、所論の如き証拠評価またはその取捨選択の誤りに基づく事実誤認を見出すことはできず、従つてまた右事実誤認を前提とする法令の解釈適用の誤りも存しない。論旨は理由がない。

森川弁護人と早川弁護人の控訴趣意中理由不備及び審理不尽の論旨について

所論は、原判決が弁護人の詳細な弁論による論証に対し何らの反論をも示さなかつたのは理由不備又は審理不尽であるというのである。

よつて記録を検討するに、被告人桐野の弁護人早川健一は、原審第二六回公判期日における最終意見として、要するに被告人桐野はいわれなき金品をもらうような人物ではなく、よりよい歯科大学建設のため信念に基づいた行動をしたものであつて、福歯大に好意ある取扱いや、利得目的の行動はしていないこと、現金一〇〇万円は第九期日本学術会議会員選挙の陣中見舞として、現金五〇万円及び日本刀などは右選挙の当選祝として、それぞれ贈られたものであること、被告人桐野の司法警察員及び検察官に対する各供述調書には任意性がなく、力武清士の供述や同人作成のメモには信用性がないことなどを主張していることが認められ、原判決が右の諸点につき個別的に判断を明示していないことは所論のとおりである。しかしながら、有罪判決に示すべき理由は刑事訴訟法三三五条に規定されているところであつて、弁護人や被告人、検察官の主張するすべての事項について判断を示さなければならないものではないから、所論のように原判決が刑訴法三三五条二項所定の主張以外の主張に対し判断を示さなかつたことをもつて理由不備とすることはできない。また、記録を精査するも原判決には所論の如き審理不尽を発見することはできない。論旨は理由がない。

二 (被告人笠原関係)

苑田弁護人の控訴趣意中事実誤認の論旨について

所論は要するに、原判決は、原判示第二の一の事実について、被告人笠原が被告人桐野に対し供与した現金一〇〇万円の趣旨及びその認識につき、福歯大の設置認可申請の調査審議に関して便宜な取扱いを受けたい趣旨であり、かつその旨認識していたと認定し、さらに原判示第二の二の事実について、被告人笠原が被告人桐野に対し供与した日本刀一振並びに同拵一振及び現金五〇万円の趣旨とその認識につき、福歯大の設置認可申請の調査審議に関して便宜な取扱いを受けたことの謝礼及び将来も便宜な取扱いを受けたい趣旨であり、かつその旨認識していたと認定するが、右はいずれも誤認である。被告人笠原は、九歯大同窓会が第九期日本学術会議会員選挙に立候補した被告人桐野を応援支持し、右選挙の運動資金の援助として現金一〇〇万円を贈ることを決定したので、右同窓会副会長である被告人笠原において、会長の穂坂恒夫とともに被告人桐野のもとに赴き、右同窓会を代表して同被告人に対し右選挙の陣中見舞であるとして現金一〇〇万円を贈与したものであり、また日本刀及び同拵並びに現金五〇万円は、被告人桐野が右選挙に当選したので、九歯大同窓会より当選祝として同被告人に贈与したものであつて、いずれも設置審の委員や歯学専門委員会の構成員としての被告人桐野の職務とは何らの関係もない金品であつて、このことは被告人笠原の原審公判廷における供述により明らかである。これに反し原判決が証拠とする被告人笠原の司法警察員及び検察官に対する各供述調書の自白部分は信用性がなく、また力武資料及び力武行動表中原判示に副う記載部分は信用性がない。したがつて、原判決は証拠の評価または取捨選択を誤つて事実を誤認したものであり、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄されるべきであるというに帰する。

よつて、先ず、所論指摘の被告人笠原の司法警察員(一二通)及び検察官(七通)に対する各供述調書の自白部分の信用性の有無について検討すべきところ、所論は被告人笠原の前記各供述調書中の自白部分の信用性を否定すべき事由として、

(1)  被告人笠原の司法警察員に対する前記供述記載部分は、同被告人が健康を著しく害し、生命の危険の存する状態にあるのに身柄を拘束されて取調べられ、警察官から虚偽の自白を強要されたので、これに迎合して虚偽の自白をしたものであり、保釈釈放後においても、昭和四八年八月一〇日には博多警察署で取調べを受ける途中昏倒して、救急車で病院に搬送されたほどであつて、自棄的な心境に陥り、調書の作成も捜査官のなすがままにしたのであり、また、検察官に対する前記各供述調書の自白部分も、検察官の取調べにおいて警察での供述の内容と異なつた供述をすれば、捜査はふり出しに戻り、さらに長期間継続する旨を警察官より示唆されたため、病苦に耐え得ないと思い警察での供述と同内容の供述をしたものであること、

(2)  被告人笠原の司法警察員に対する昭和四八年七月一一日付供述調書は論旨が滅裂し、文章は錯乱していて、被告人笠原が被告人桐野から「過去に便宜を受けたから」というのか「将来便宜を受けたいから」というのかも理解できないものであること、

(3)  被告人笠原の司法警察員に対する昭和四八年七月一六日付及び同月一九日付各供述調書には、被告人笠原が被告人桐野より教員組織について指導を受け始めた時期を真実より早めにしたり、被告人笠原が被告人桐野に贈つた博多織りは時価二、三千円程度の伊達巻であつたのに、時価三、四万円相当の博多帯であつた旨の記載部分があるなど事実が歪曲されていること、

(4)  被告人笠原の司法警察員に対する同年七月二〇日付、同月二五日付及び同年八月二日付各供述調書には「桐野先生の指導がなければ教員組織の差し替えはあれだけうまく行つていないと思い……」とか、被告人桐野から第一回歯学専門委員会の審議の結果を「極秘に知らせてもらつて……」とか、差替え教官が設置審の審議で全部合格するよう指導してもらつたことと今後の設置審の審議には認可になるよう「好意ある取扱いをしてもらうこと……」などの記載があるが、右は取調官が誇張し創作し粉飾したものであること、

(5)  被告人笠原の司法警察員に対する同年八月六日付供述調書において供述されていることは罪となるべき事実とは関係がなく、とりわけ同供述調書には原判決が無罪を言い渡した「阿家」前路上における現金三〇万円の授受に関する供述記載部分もあるから同調書を有罪認定の資料とすることはできないこと、

(6)  被告人笠原の司法警察員に対する同年八月八日付、同月九日付各供述調書は、被告人笠原が同月二日起訴された後に作成されたものであるから信用性は全くない。また、昭和四六年一〇月六日被告人桐野のところに教員組織について「お願いに上つた」との供述部分は虚偽であり、さらに教員組織についての審議の結果を被告人桐野だけから知らされたような記載となつていて、準備委事務局長野口義人が文部省係官より内示を受けていたことを無視していること、

(7)  被告人笠原の検察官に対する昭和四八年七月二八日付、同年八月二日付供述調書には、九歯大と東京医歯大とは敵対関係にある旨の記載があるが、右は捜査官が事実を歪曲して記載したものであること、

(8)  被告人笠原の検察官に対する同年七月二九日付供述調書には、被告人桐野から教員の資格の審査基準や申請書類の作成方法について指導を受けた旨の供述記載があるが具体性がなく、また同調書には、被告人笠原が被告人桐野に対し現金五〇万円と日本刀などを贈つたことの記載があるが、同じ調書の中に原判決が信用性を欠くと判断した前記「阿家」前路上における三〇万円授受に関する供述部分があるから右供述調書は全体として信用性を欠くものであること、

(9)  被告人笠原の検察官に対する同年八月四日付供述調書には、被告人笠原は被告人桐野に対し、昭和四六年一〇月六日一〇〇万円を贈つた際「私は……福歯大設立認可申請に当つて教員組織の責任者をしているのでよろしく……」と言つたとの供述記載があるが、右は事実に反し、被告人笠原は九歯大同窓会の使い走りで来た旨言つたにすぎないものであること

などを指摘するのである。

よつて、右自白の信用性に関し所論指摘の諸点を順次検討するに、

(イ)  前記(1)に関し記録によれば、被告人笠原は昭和四八年七月一一日午後一一時一〇分ころ原判示第二の二の贈賄と同一の被疑事実について福岡地方裁判所裁判官発付の逮捕状に基づき逮捕され、同月一四日同裁判所裁判官から右と同一の被疑事実につき勾留状を発せられ、同年八月六日保釈により釈放されたものであるが、右逮捕の当日である七月一一日の午後一一時一五分ころ司法警察員から右被疑事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げられたうえ弁解の機会を与えられるや、右金品の趣旨について、「実質的には賄賂を贈つたことになりますが、同窓会の名義でお祝としてあげればゆるされると思つてやつたことで、悪いことをしたと思つています。」と供述して右金品の賄賂性について自白し、また同月一三日午後四時二五分ころ右逮捕状により逮捕された被告人笠原の送致を受けた検察官から右同様弁解の機会を与えられるや、「桐野先生には教官の組織等についていろいろ指導を受けておりましたので、学術会議の会員に当選されたお祝の名目で現金と刀をさしあげました。大学の設立に関してよろしくお願いするという趣旨も含まれておりました……」と供述して右金品の賄賂性とその認識を有したことについて自白し、さらに同月一四日前記裁判所裁判官から同被疑事実についていわゆる勾留質問を受けた際にも、「私の気持として大学設立の許可申請の関係で便宜な取扱いを受けたことに対するお礼という気持が潜在的にあつたことも間違いありません。ただ先生には大学の教官組織の指導、教官の紹介を受けるなどお世話になつていたので、丁度先生が学術会議の会員に当選されたこともあり、そのお祝としてさしあげれば相手にも迷惑をかけないですむだろうと考えたのです。」と供述して、前とほぼ同旨の自白をしたこと、次に、同月一一日から同年八月一六日までの間に被告人笠原の司法警察員に対する供述調書は一六通作成されているが、この間ほぼ一貫して同旨の自白が持続されていること、また同被告人の検察官に対する供述調書は、同年七月二七日から同年九月一三日までの間に八通作成されているが、これらの供述調書には金品授受の際の具体的状況、被告人笠原が被告人桐野に贈つた博多織の伊達巻のことその他の点につき、被告人笠原の前記司法警察員に対する供述調書には現われていない具体的供述や異なつた供述も相当記載されていること、なるほど、被告人笠原はもともと狭心症の持病があつたが、捜査官から取調べを受ける間その薬であるエトロールを常時携え、体の具合が悪くなりそうなときにはこれを口中に含んで右症状が増悪するのを防ぎ、とくに、その間捜査官においても、被告人笠原を逮捕した翌日の七月一二日には同被告人に医師の診断を受けさせて、取調べに堪えうることを確認したうえで取調べており、同被告人の捜査官に対する供述調書が作成された日も同被告人の症状は取調べに堪えがたいものではなかつたこと、尤も、同被告人は保釈釈放後の昭和四八年八月一〇日博多警察署で取調べを受けていた際病気のため倒れ、病院に搬送されたことが認められるものの、同病院で治療を受けた後まもなく自宅で安静にし、いずれ精密検査を受けるよう診断されたため、以後司法警察員は同年八月一五日まで、検察官は同年九月四日まで、それぞれ同被告人の取調べを中断するなど、同被告人の健康管理には十分注意を払つていたこと、とくに、同被告人に対する検察官の取調べが非常に懇切であつたことは同被告人自身原審公判廷で自認するところであること、したがつて、同被告人の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書における供述が同被告人の病状のためその信用性に影響を及ぼすことはなかつたことが認められる。なお、関係証拠を精査しても、被告人笠原が原審あるいは当審において供述するほかは、所論のような自白の信用性を疑わせるような強要や、被告人笠原を自棄的心境に陥らせるような状況があつたことを窺うにたりる資料は全く存在せず、被告人笠原の右供述部分はたやすく措信できないものである。

(ロ)  前記(2)に関して、所論指摘の供述調書はその文章が明確さを欠くきらいがないでもないが、しかし同調書を精読すれば、その内容は福歯大の教員組織について、被告人桐野から指導などしてもらつたので、その謝礼と将来も同じく指導を受けないといけないとの趣旨をも含めて、金品を供与することにした旨の供述記載であることが十分理解できるものである。したがつて、これを否定する所論に同調することはできない。

(ハ)  前記(3)につき、被告人笠原が被告人桐野から教員組織について指導を受け始めた時期とか、被告人笠原が被告人桐野に贈つた博多織りの伊達巻の時価につき事実と異なる記載部分があることは所論のとおりである。しかし、捜査の追行過程において関係人の記憶違いなどにより誤つた供述資料が混入すること、とくに捜査の当初の段階で被疑者その他の関係人の記憶違いなどのため正確な供述が得られず、捜査が進展し関係状況の判明につれて、関係人の記憶の再生も漸次に明瞭となり、同一の供述者にあつても日時や数値などの点において前後の供述に相違が生じることはありがちな現象である。被告人笠原の場合も、同被告人のその後の供述調書を合わせみると、右の例にもれないところであつて、前示の時期や時価につき不正確な部分的記載があるからといつて、右供述調書全体の信用性とりわけ出来事の存否に関する核心的部分の信用性を欠くものの如く断ずることはできないのであつて、原判決の右証拠の評価もこれと同じ趣旨と認められる。

(ニ)  前記(4)につき、関係証拠によれば、被告人桐野は大学設置審議会で私立大学教員の適否を審査する専門委員会の委員を四年間、同会の構成員を一年五か月余つとめ、その審査に精通していたこと、これに対し被告人笠原は、福歯大の教員組織に関し、歯学専門委員会及び設置審における調査審議において福歯大の教員組織が適格であるとの判定を得られるように、幾度となく被告人桐野を訪問し、あらかじめ同被告人から詳細な指導助言を受け、また、歯学専門委員会における教員組織についての審議の結果は、文部省係官から各申請大学に通知されるのであるが、当該教員の名誉や個人的事項に関係することでもあり、且つ文部省係官では教員としての適否の実質的な具体的理由を適確に把握できない場合もあつて、右通知の内容は個々の教員の適否の結論と或程度の形式的理由を示すにとどまるものであつたところ、被告人桐野が力武清士を通じ被告人笠原ら福歯大関係者に知らせた内容は、歯学専門委員会において審議した教員の適否の結果にとどまらず、不適格と判定された教員の不適格の具体的な実質的理由に及んでいたばかりでなく、右通知の時期も文部省係官のそれが前記委員会の開催後相当な日数を経過してからなされていたのに比し、同会開催直後になされたので、前記申請者である福歯大関係者にとつて教員の差替準備を適切に整えるのに極めて好都合であつたことが認められる。このようなことから教員組織の整備の責任者であつた被告人笠原は、被告人桐野に対し強い感謝の念を有していたもので、その心情が前記供述調書に表現されたものと認められる。したがつて、これを誇張、粉飾ばかりであると解する所論に左袒することはできない。

(ホ)  前記(5)に関しては、被告人笠原の司法警察員に対する昭和四八年八月六日付供述調書には福歯大の設立の経緯に関する記載部分が存し、これと原判示の認定事実とを対照すると、原判決は右部分を証拠とするものと認められる。次に、右供述調書及び同被告人の検察官に対する同年七月二九日付供述調書中には「阿家」前路上における現金三〇万円の授受に関する供述部分の記載も存するが、原判決は右現金三〇万円の授受自体に疑問が存することを理由として該供述部分については信用性がないとしていることが認められる。したがつて、原判決が右供述部分を採用しなかつたことを根拠として、金品の授受自体には疑問がなく、その趣旨及びこれに対する授受当事者の認識についてのみ争いがある原判示第二の一の一〇〇万円、第二の二の日本刀、同拵及び五〇万円に関する供述部分の信用性を否定することは筋違いというべきである。要するに、同一の供述調書中に記載されていても、別個の事柄に関する供述部分である限り、これを別異に評価することはもとより可能であつて、この点につき原判決には何らの過誤も認められない。

(ヘ)  前記(6)に関し、所論の如く起訴後に作成された供述調書であるということのみをもつて、当該供述調書が信用性を欠くものと断ずることはできない。所論は、被告人笠原が昭和四六年一〇月六日被告人桐野のところに教員組織について「お願いに上つた」との供述記載を目して虚偽であるというのであるが、しかし関係証拠によれば、その二日前の同月四日、準備委委員長穂坂恒夫ほか準備委委員数名が被告人桐野を訪問して、福歯大の設置認可申請をしたのでよろしくお願いする旨の挨拶をし、その際に同被告人から教員組織について種々指導などを受けたことが認められ、しかも右状況は、同日夜右準備委委員らが被告人笠原に報告し、教員組織の整備責任者である同被告人が被告人桐野のもとに挨拶に赴くこととなり、同月六日現金一〇〇万円をもつて同被告人を訪問したことが認められるのであつて、右の経緯からすれば、被告人笠原が被告人桐野のところに教員組織について「お願いに上つた」ことはむしろ自然なことであつて、これを虚偽の供述記載であるとすることは相当でない。また、歯学専門委員会における教員組織の審議の結果などにつき、被告人笠原らが被告人桐野から聞くことのできた内容は、前示のとおり文部省係官から知らされた内容にとどまらず、具体的理由に及んでいたのであるから、被告人桐野からの聞知に重点をおいた供述調書が作成されたことに何ら不合理な点はないものといわなければならない。

(ト)  前記(7)に関し、日本学術会議会員選挙にあたり従来九歯大と大阪歯大とが共同して一名を立候補させていたため、必然的に東京医歯大など他の歯科大学などから立候補する者との間に対立関係が生じていたことは前示のとおりであつて、この点に関する被告人笠原の供述記載をもつて、事実を歪曲したものということはできない。

(チ)  前記(8)前段の主張につき、同一人の同一事項に関する供述調書が数通ある場合に、そのすべての供述調書にわたり具体的詳細な供述記載がなされる必要はなく、その一つに必要な具体的供述の記載がなされていれば、他に同一の供述記載の必要はないのであるから、ある供述調書に具体的詳細な記載がなされていないからといつて、そのことのみをもつて、その供述調書の信用性を否定することは相当でない。また、前記(8)後段の主張は前記(ホ)後段で示したとおり理由がない。

(リ)  前記(9)につき、関係証拠によれば、被告人笠原は昭和四六年一〇月六日現金一〇〇万円を被告人桐野に供与した際に、同被告人から歯学専門委員である総山教授や同じく歯学専門委員会の臨時構成員である三浦教授を紹介されたが、右両名はいずれも九歯大同窓会とは何らの関係をも有しない者であつて、福歯大の教員組織に関係がある故に紹介されたものと認めるのが相当である。そうだとすれば、当日被告人笠原と被告人桐野との間においては、福歯大設立に関することが主たる用件事項であつたものと認められ、そのために当該供述調書に記載されたような文言が、被告人笠原の口上に出たものと思料されるので、これを否定する所論を支持することはできない。

かくして、原判決が証拠とする前掲被告人笠原の各供述調書の自白部分は、所論指摘の部分を吟味しても、その信用性を否定することはできず、その他においても不自然な点は少しもなく、関係証拠に現われる個々の客観的状況とも整合し、矛盾その他信用性を阻害すべき事由を発見することはできないものである。

次に、所論指摘の力武資料及び力武行動表中原判示に副う記載部分の信用性の有無につき検討すべきところ、所論によれば、力武資料及び力武行動表はその記載内容が単に誇張されているにとどまらず、架空事実が記載されていて信用性はないというのである。

しかし、右の力武資料及び行動表のいずれもその信用性に欠けるところがないことは、前段説示(被告人桐野関係の事実誤認の論旨に対する判断)のとおりである。

以上のとおりであるから、原審が被告人笠原の司法警察員及び検察官に対する前記各供述調書、力武資料及び力武行動表中原判示認定に符合する部分を措信したことに過誤はなく、これらの証拠を含む原判決挙示の証拠によれば、先きに被告人桐野に関し認定した事実に対応する事実関係が認められ、被告人笠原並びに同桐野の原審及び当審公判廷における各供述中の所論に副う部分はいずれも不自然で歪曲された点が多く、しかも他の関係証拠に現われた客観的状況とも整合しないので、たやすく措信することができないものである。

しかして、右事実関係によれば、被告人笠原は福歯大の設置認可申請について、設置審の委員であり、歯学専門委員会の構成員である被告人桐野に対し、右設置審及び歯学専門委員会における調査審議に関し便宜な取扱いを受けたい趣旨で、昭和四六年一〇月六日前記選挙の陣中見舞名下に現金一〇〇万円を供与し、また右調査審議に関して便宜な取扱いを受けたことの謝礼及び将来も便宜な取扱いを受けたい趣旨で、同年一二月七日前記選挙の当選祝名下に日本刀一振及び同拵一振並びに現金五〇万円を供与したものであつて、いずれも当時右各趣旨を認識していたことが明らかである。

これに反し所論は、被告人笠原が昭和四六年一〇月六日被告人桐野に贈つた現金一〇〇万円は九歯大同窓会から第九期日本学術会議会員選挙に立候補した被告人桐野への陣中見舞であり、九歯大同窓会の右選挙に対する取組み方は積極的で、昭和四六年度予算では同選挙のための出費を見越して医政部会費として一二〇万円が計上され、昭和四六年六月には九歯大学長坪根政治が被告人桐野を右選挙に推せんする意向を表明し、同年七月一六日には右同窓会会長穂坂恒夫、同副会長松尾捷三らが大阪歯大関係者と会合して、被告人桐野を推せんすることに調整決定し、同年九月一四日には九歯大同窓会役員会が開催されて被告人桐野を推せんし、その際「陣中見舞」を贈呈することも協議決定されていたので、右決定に従つて前記一〇〇万円を贈つたものであると主張する。

しかし関係証拠によれば、九歯大同窓会が一二〇万円を予算に計上した医政部会費とは、前示のとおり第九期日本学術会議会員選挙のためのみの費用というのではなく、それを含め他の歯科大学との懇親に要する費用等を内容とするものであり、ましてや右決議は昭和四六年二月二七日になされたものであつて、未だ被告人桐野が右選挙に立候補する以前のことであるから、同被告人のための選挙運動費用を念頭においた予算編成とは認められないこと、また同年九月一四日九歯大同窓会の役員会で、第九期学術会議会員選挙立候補者の推せんについて協議がなされたことは是認できるが、記録を精査しても右役員会その他九歯大同窓会の正規の会合において、被告人桐野に陣中見舞を贈る旨を協議し決定がなされたことを窺わせる資料はないこと、他面準備委では、同月三〇日文部大臣に対し福歯大の設置認可申請書を提出したものの、教員組織については歯学関係教員の絶対数の不足と設立準備の立遅れのため、前記申請書に記載した教員が設置審で適格であるとの判定を受けうるか否かについて危惧していたこと、そこで、同年一〇月三日夜東京都所在のホテルニユーオータニにおいて、準備委委員長穂坂恒夫、同実行委員七熊治夫及び同力武清士らが右対策につき協議した結果、右穂坂らに代表される福歯大同窓会も前記学術会議会員選挙を契機に設置審委員であり歯学専門委員会の構成員である被告人桐野と接触をもつに至つたのであるが、その経緯をみると、九歯大同窓生で準備委のため協力していた染矢廣美が、かつて東京医歯大に勤務していたことがあり、被告人桐野と面識があつたことなどから、福歯大の設置認可申請の調査審議に関して、被告人桐野から好意ある取扱いを受けるべく同被告人と接触する計画がたてられ、翌四日、同人らは被告人桐野を訪問して前示のとおり福歯大の設置認可申請書を提出した旨挨拶し、その際に同被告人から福歯大の教員組織の適否の検討をしてもらつたりしたこと、この状況を準備委の右委員らから聞き知つた被告人笠原は、この機会に被告人桐野が受け取りやすいように前記選挙の陣中見舞名目で、金一〇〇万円を同被告人に贈り、福歯大の設置認可申請の審議において福歯大の立場を擁護してもらう必要があると判断し、福歯大設立準備のため東京に出張している準備委関係者の宿泊費や諸経費のほかに右陣中見舞名目の一〇〇万円を合わせ五〇〇万円を準備委から送金させることとしたが、当時準備委では資金が枯渇していたことから、被告人笠原が常務理事をしている財団法人永松奨学会(元九歯大学長永松勝海の遺族からの拠金を基に九歯大の優秀な学生の奨学の援助等を目的として昭和四三年一二月ころ発足したもの)の予金を担保に西日本相互銀行小倉支店から融資を受けることとして、右奨学会事務員高松寿子にその旨電話で指示して右融資を受けさせたうえ、同月五日右五〇〇万円を東京都所在のホテルパシフイツク内の被告人笠原あて電信送金させて、これを受領したこと、そして、翌六日右金員中現金一〇〇万円を被告人桐野に供与し、約二〇〇万円を前記のように準備委関係者の東京滞在費その他準備委の関係費用に当てさせるべく前記七熊に渡したこと、なお、右費用の清算も九歯大同窓会からはなされていないこと、九歯大同窓会は、大阪歯大との予ねてからの話合いにより、第九期学術会議会員選挙で第七部歯学部門から立候補した大阪歯大学長白数美輝雄に対してさえ、陣中見舞として金三〇万円ないし四〇万円しか贈つていないことなどが認められる。しかして、これらの事実を総合すると、本件の現金一〇〇万円は被告人笠原の前記自白のとおり、福歯大の設置認可申請の調査審議に関して便宜な取扱いを受けたい趣旨で供与したものと認めるのが相当である。

次に所論は、被告人桐野においては被告人笠原から現金一〇〇万円の供与を受けるについて、その設置審の委員又は歯学専門委員会の構成員としての職務行為そのものはもちろん、職務に密接に関連する行為とみなされることに関しても、被告人笠原に対して有利便宜な措置を取り計らつてやつた事実はないから右一〇〇万円は賄賂にあたらず、被告人笠原においても賄賂たる認識を有しなかつたというのである。

しかし、賄賂罪(但し刑法一九七条一項前段の単純収賄罪及びこれに対する贈賄罪)は収賄者において事実上便宜な取計らいをすると否とにかかわらず、その職務に関し金品の贈与を受けることによつて成立するものであるところ、(最高裁判所昭和二四年(れ)一九五二号、同年一一月三日第二小法廷判決参照)原判決に明らかな如く、被告人桐野は被告人笠原から福歯大の設置認可申請の調査審議に関し、便宜な取扱いを受けたい趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら現金一〇〇万円の供与を受けたものである。のみならず、前示(被告人桐野に関する事実誤認の論旨に対する判断)のとおり、被告人桐野から教員組織の適否についての判断を示し、歯学専門委員会の審査状況等を知らせるなど、数々の便宜な取り計いをなした事実も認められるので、所論はいずれにしても前提を欠き失当である。また、被告人笠原は右一〇〇万円を福歯大の設置認可申請の調査審議に関して便宜な取扱いを受けたい趣旨で供与したものであり、賄賂の認識があつたことは前示のとおり関係証拠により明らかに認められるところであつて、所論は採用できない。

さらに所論は、被告人笠原が昭和四六年一二月七日被告人桐野に贈つた日本刀一振、同拵一振並びに現金五〇万円は、同被告人が前記選挙に当選したので九歯大同窓会会長穂坂恒夫にはかりにその諒解を得たうえ、右同窓会から当選祝として供与したものであると主張する。

しかし関係証拠によれば、被告人笠原が被告人桐野に対し日本刀並びに同拵及び現金五〇万円を供与することを決意したのは、昭和四六年一一月二九日であつて、被告人桐野が前記選挙に当選したことが判明する前であつたこと、右五〇万円と日本刀及び同拵の購入に要する費用は、被告人笠原が同年一二月二日被告人徐に電話で指示して準備させたものであるが、被告人徐は当時準備委の財政担当実行委員であつて、九歯大同窓会の本部役員でも事務職員でもなかつたことが認められるとともに、記録を精査しても、九歯大同窓会において右五〇万円並びに日本刀一振(価額三〇万円)及び同拵一振(価額一二万円)を支出すべき決議がなされたことを窺わせる資料はなく、また前記穂坂が諒解していたと認めるに足る証拠もない。次に、右金員の出所を吟味するに、押収してある準備委の領収証綴(前同号の二三)によれば、昭和四六年一二月六日付で(一)金一二万円刀拵代金、渉外費川上保、(二)金五〇万円(「渉外費祝儀笠原渡し」との鉛筆書きあり)、(三)金三〇万円銘刀代金、渉外費川上保とそれぞれ記載のある領収証三枚があり、同じく準備委の振替伝票綴(同号の二四)及び振替伝票取替分(同号の二五)にはそれぞれ右領収証に見合う金員の振替伝票が存在することが認められ、右事実関係を総合すると、日本刀一振及び同拵一振の代金は準備委から支出されていることが明らかである。尤も、証人図師議の原審公判廷における供述記載によれば、同人が現金五〇万円を祝儀袋に入れてこれを被告人笠原に手渡したのは同年一二月四日であることが認められ、右伝票にみられる五〇万円支出の日付と異なるので、同伝票に記載された五〇万円が本件五〇万円であるか否かにつき疑問がもたれるうえ、株式会社西日本相互銀行本店の福歯大設立準備委員会委員長穂坂恒夫名義の普通預金元帳によれば、同年一二月四日右五〇万円に相当する金員が右口座から支出された形跡はないのに反し、同銀行の九歯大同窓会会長穂坂恒夫名義の普通預金元帳によれば、同口座から同日一〇〇万円支出されていることが認められるので、本件五〇万円は弁護人主張の如く九歯大同窓会から支出されたものではないかとの疑問も生じないわけではない。しかしながら、右両口座につき関係証拠を仔細に検討するに、右はいずれも昭和四六年九月二五日開設されたもので、同日右同窓会の口座から四億七九〇〇万円の現金が払い出されるとともに、右準備委の口座にこれと同額の四億七九〇〇万円が預け入れられているほか、多額の金員がひんぱんに相互の口座に出し入れされていること、右九歯大同窓会名義の口座に千万又は億単位の金員がひんぴんと出し入れされているのに、昭和四六年度における九歯大同窓会の予算は歳入・歳出が一二、三〇四、三三五円にすぎないことに徴しても、右同窓会名義の預金口座が真実右同窓会の預金口座であるとは到底考えられないこと、九歯大同窓会の事務局は北九州市所在の九歯大内に所在し、同所で事務が執られており、その取引銀行も同市内の銀行であるのに、右普通預金口座は福岡市所在の西日本相互銀行本店を取引銀行とするものであり、しかも同口座は、福岡市にその事務所を置き、同所で事務を執つている準備委が管理していたこと、被告人笠原は右九歯大同窓会名義の預金口座があることさえ知らなかつたこと、なお、被告人徐は本件当時九歯大同窓会の本部役員でも事務職員でもなかつたことなどが認められ、右の事実関係を総合すると、右両口座はいずれも準備委のものであつたものと認められる。以上の点からみて、右五〇万円も準備委から支出されたものと認めるのが相当である。

なお所論は、被告人笠原は昭和四五年一一月八日開催の昭和四五年度九歯大同窓会支部長会と評議会の合同会議で、歯科大学設立準備委員会の準備副委員長に選出されて就任したが、業務分担としては法令準備委員会主任となつたもので、教員組織を分担したことはなく、また、昭和四六年八月右設立準備委員会が福岡県医師会企画の西日本歯科大学設立準備委員会と一本化し、福岡歯科大学設立準備委員会が発足してからは、その総務担当実行委員となつたものであつて、教員組織の整備には全く関与していないものであるというのである。

しかし関係証拠によれば、準備委の役員の中には職業上(開業医)、または地理的に(遠隔地在住)準備委の業務に従事することのできない者も多く、実際に準備業務に就いて設立準備をすすめていたものは、準備委委員長穂坂恒夫、同総務部長の被告人笠原、同総務副部長七熊治夫、同財政担当徐三春、同庶務担当藤井実蔵らのみであり、これに灘吉虎夫、力武清士、上潟口武、下川敏夫、稲井鉄馬、平山稔及び岩﨑三郎らが応援していたものであり、右の肩書にもあるとおり、被告人笠原は福歯大設立準備の全般的な最高責任者の一人であり、設置審の調査審議において最も問題とされる教員組織については、とくに注意を払つていたものであり、とりわけ教員組織の整備に関し被告人桐野と密接に接渉していたことは前示のとおりであつて、所論を是認することはできない。

以上のとおり原判決の事実認定に誤りはなく、その他記録を精査し当審における事実取調べの結果を加えて検討しても、所論のような証拠の評価やその取捨選択の誤りに基づく事実誤認を発見することはできない。論旨は理由がない。

苑田弁護人の控訴趣意中事実誤認に基づく法令の解釈適用の誤りの論旨について

所論によれば、被告人桐野は設置審の委員であると同時に、歯学専門委員会の構成員ではあつたが、何らの役職にも就いておらず、しかも設置審は、合議制の諮問機関であり、その委員は会議開催の都度招集されて出席し、席上で書面調査を行ない、意見を述べて討論に参加し、採決に加わり、よつて設置審や専門委員会の意見決定に関与するのが、その職務内容とされているものであるから、右の公の場以外において、私人の求めに応じて意見の表明や鑑定をしても、これは職務行為ないし職務に密接する関連行為ではない、また申請書類等につき、書面上に不備の点があるとして、これを指摘し改善するよう指導することは、委員の職務権限に属するものではなく、右は単なる私的行為であるというのである。

しかし、およそ贈収賄罪にいわゆる職務行為とは、公務員が法令上管掌する職務のみならず、その職務に密接な関係を有する行為、いわば準職務行為又は事実上所管する職務行為を含むものと解すべきところ、前記専門委員会の審査状況や審査結果はもとより、同委員会における私立大学の教員組織に関する審査基準、殊にその具体的な審査の実質的基準に大学設立認可申請書の内容が合致するか否かの判定ないし見解等を示すことは、同委員会の構成員にしてはじめてなしうる具体的な実質的判断行為又はこれを前提とするものであり、本来の職務行為の準備行為としてそれに実質的な影響力をもつ行為であり、明らかに右委員会の構成員として法令上管掌する職務に関連し且つ事実上所管する職務行為内のものともいえるから、所論のような公の場以外の場における私人の求めに応じ右の如き事柄に関し意見を表明し又は鑑定をし、あるいは申請書類の不備の点を指導する場合であつても、それにより同委員会の審査状況や審査結果を教え、審査基準に照らして個々の教員の合格、不合格の見通しや、審査に合格する対策を指導することはもとより履歴及び業績の書き方を教示することなども、私立大学教員の適否を審査する専門委員会の構成員の職務と密接な関係のある行為であり、被告人桐野においてもその職務と密接な関係のある行為であつたものといわなければならない。所論は独自の見解であつて、採用することができない。

なお所論は、被告人桐野が準備委の関係者に対し、念書教官の問題で厳正な態度をとるよう叱責したとしても、それは同被告人の職務とは関係のない個人としての忠告であり、念書教官の問題は設置審又は歯学専門委員会の公式の諮問事項として調査審議をしたことはないと主張するのであるが、この点につき関係証拠によれば、福歯大の教員組織は第一回歯学専門委員会において、半数近い教員が不適格と判定されたため、その差し替え教員を申請することとなり、右差し替え予定教員の大半は九歯大から流出する教員であつたため、九歯大の学生が騒ぎ始めストライキにまで発展したので、右差し替えを予定されていた九歯大教員が福歯大教員となることを躊躇する者が生じ、これがため準備委委員長穂坂恒夫名で都合によつては福歯大に移らなくてもよい旨の念書を交付したところ、これが新聞にも報道され、文部省においても無視できなくなり、その過程において被告人桐野が準備委関係者に対し、その見解を表明したものであることが認められる。しかし、その内容が如何なるものであるにせよ、原判決はそのことをもつて被告人桐野の職務行為又は職務と密接に関係する行為であると認定しているのではないから、所論は前提において失当である。

そうしてみれば、原判決には所論の如き事実誤認を前提とする法令の解釈適用の誤りも認められない。論旨は理由がない。

三 (被告人徐関係)

高良弁護人と荒木弁護人の控訴趣意中事実誤認の論旨について

各所論は要するに、原判決は、原判示第四の事実について、被告人徐が被告人笠原から現金五〇万円の支出方を依頼されてこれを了承し、図師議に指示して被告人笠原に右現金を交付させた当時の認識につき、被告人徐は被告人笠原が右金員を福歯大の設置認可申請の調査審議に関して便宜な取扱いを受けたことの謝礼及び将来も便宜な取扱いを受けたい趣旨で、被告人桐野に供与しようとしているものであることを知つていたものであり、かつ、被告人桐野も右現金を供与された時その趣旨を認識していた旨認定するが、右は誤認である。被告人徐は被告人笠原から被告人桐野が学術会議会員選挙に当選したので、当選祝として贈ると言われ、その趣旨の金員と思つて、現金五〇万円を事務員図師に指示して準備させて、これを被告人笠原に交付させたものである。以上このことは被告人徐の原審公判廷における供述により明らかである。これに反し、原判決が証拠とする被告人徐の検察官に対する各供述調書の自白部分には信用性がなく、また力武資料中原判示に副う部分も信用性がない。したがつて、原判決は証拠の評価並びに取捨選択を誤つて事実を誤認したものであるというに帰する。

よつて先ず、所論指摘の原判決の証拠とする被告人徐の検察官に対する供述調書(七通)の自白部分の信用性の有無につき検討する。

所論によれば、被告人徐は長期間勾留された後に自白したのであるからその自白部分には信用性がないというのであるが、しかし記録によれば、被告人徐は昭和四八年七月二九日午後二時ころ原判示第四の贈賄幇助と同一の被疑事実について、福岡地方裁判所裁判官発付の逮捕状に基づき逮捕され、同月三〇日同裁判所裁判官から右被疑事実につき勾留状を発せられ、同年八月六日保釈により釈放されたものであるが、右事実に対する捜査官の取調べにおいて作成された調書は、同年七月二四日から同年八月一日までの間に司法警察員に対する供述調書が四通、同年七月二五日から同年八月二日までの間に検察官に対する供述調書が七通であるところ、右五〇万円供与の趣旨については、右被疑事実について逮捕される以前の捜査の当初からほぼ一貫して、しかも、他の原審相被告人の捜査官に対する各供述調書には見られない個性的な表現で、被告人桐野に対し、福歯大の教員組織について指導を受けていることのお礼と設置審で認可されるようにお願いする趣旨で、供与したものである旨の自白をしていることが認められる。したがつて、被告人徐は本件により逮捕勾留される前に、他の業務上横領の被疑事実により逮捕勾留されていたことが認められるものの、その点を考慮に入れても、同被告人に対する勾留が前記供述調書の自白部分の信用性に影響を及ぼすことはなかつたことを認めることができる。しかして、関係証拠を精査しても、被告人徐が原審あるいは当審において供述するほかは、所論の自白の信用性を阻害するような事情の存在を窺わせる資料はなく、同被告人の右供述部分はたやすく措信できないものである。

次に、所論は力武資料中原判示に副う記載部分の信用性につき、福歯大設立後に作成されたものであつて、真実性の担保がない、というのであるが、しかし、右力武資料に信用性の点で欠けるところがないことは、先に説示(被告人桐野関係の事実誤認の論旨に対する判断)のとおりである。

以上のとおり、原審が被告人徐の前記検察官に対する各供述調書及び力武資料中原判示認定に照応する部分を措信したことに過誤はなく、これらの証拠を含む原判決挙示の証拠によれば、被告人徐は昭和四六年七月から福歯大の設立準備に関与することとなり、同年八月準備委が発足してからは、総務担当実行委員となり、さらに同年九月二〇日開催の合同委員会の決議により財務担当実行委員となつたこと、昭和四六年ころの同被告人は、九歯大同窓会の本部役員ではなく、また右同窓会事務局の職務に就いていたものでもなく、もつぱら準備委の職務に従事していたものであり、かねて被告人笠原から、前示委員をつとめる被告人桐野より福歯大の教員組織の問題について種々指導を受け、情報を流してもらうなど世話になつており、同被告人は重要な人物であるという説明を受けていたことが認められるほか、昭和四六年一二月二日被告人笠原から指示されて本件五〇万円を含む金員を準備委事務職員に命じて準備し交付させたものであり、その状況及び右金員の出所などに関する事項は、被告人笠原に関し先きに説示した事実関係と同じである。しかして、右の事実関係によれば、被告人徐は、被告人笠原が被告人桐野に対し、福歯大の設置認可申請について便宜な取扱いを受けたことの謝礼及び将来も便宜な取扱いを受けたい趣旨で、現金五〇万円を供与しようとしていることを知りながらこれを準備委の事務員図師に指示して被告人笠原に交付させたものであり、被告人桐野も右現金を供与された時その趣旨を認識していたことが明らかである。

なお、被告人徐の原審及び当審公判廷における各供述中には所論に副う供述部分も存するけれども、しかし右各供述部分には不自然な点が多く、しかも他の関係証拠に現われた客観的状況とも整合しないので、たやすく措信することはできないものである。

ところで、所論は右認定に反し、被告人徐は被告人桐野が教員組織の審査権限をもつ設置審や歯学専門委員会の委員であることを知らなかつたのであるから、原判決の認定する知情の事実はないというのである。

しかしながら、関係証拠に現われるように、前掲力武清士及び染矢廣美は、昭和四六年一〇月一九日被告人桐野を東京医歯大の教授室に訪ね、同被告人から第一回歯学専門委員会の審議の結果、福歯大の教員組織の半数に近いものが不適格となつたこと及び不適格となつた理由などを聞知し、右力武は翌二〇日開催の準備委第一回総務委員会において、右情報を披露したこと、被告人徐も右委員会に出席し、右情報を知らされたこと、同被告人作成の備忘録(前同号の一)によれば、当該記録として昭和四六年一〇月一六日の個所に「審議委員対策」、同月一七日の個所に「大谷審議委員文部省対策打合せ」、同月二五日の個所に「審議委員土産品の件」とそれぞれ記載されていて、設置審委員についての情報を有すると共に対応策にも関与していたことが認められること、被告人笠原の検察官に対する昭和四八年八月二日付供述調書によれば、同被告人はかねて被告人徐に対し、被告人桐野から教員組織につき指導を受けていることを説明していたことが認められること、かくして、被告人徐自身において少なくとも被告人桐野が設置審の委員であり、歯学専門委員会の構成員であることにつき、本件以前において既に承知していたと認められ、所論を是認することはできない。

次に、荒木弁護人の所論によれば、原判決が本位的訴因を認定しなかつた理由の説示に援用する事実は、被告人徐にとつて共謀共同正犯不成立の間接事実たるにとどまらず、そのまま幇助犯の不成立をも裏付ける事実たりうるから原判決の犯罪事実の判示と正犯不成立の説示との間には自己矛盾があるというのである。

しかし、原判決の本位的訴因(贈賄の共謀共同正犯)を排斥する理由説示によれば、被告人徐が被告人笠原の贈賄につき情を知つていたことを前提としながら、被告人桐野に対する接触行為や金品供与行為そのものに参加せず、たゞ、被告人笠原の求めに応じて贈賄のための金員を支出させて、被告人笠原の贈賄行為を容易ならしめたものとするのである。したがつて、右の理由を形成する事実、とりわけ被告人桐野に対する接触行為や供与行為そのものをしなかつたとの消極的事実は、被告人笠原の求めに応じて情を知りながら金員を支出する行為と矛盾する点は少しもなく、右の消極的事実は被告人の幇助行為を認定する妨げとなるものとは認められないので、所論は採用するに由ないものである。

以上のとおりであるから、原判決の事実認定に誤りはなく、その他記録を精査し、当審における事実取調べの結果を検討しても所論の如き証拠の評価またはその取捨選択の誤りに基づく事実誤認を見出すことはできない。論旨は理由がない。

高良弁護人及び荒木弁護人の控訴趣意中法令の解釈適用の誤りの論旨について

各所論は、要するに、原判示の「便宜な取扱い」というのは、被告人桐野が福歯大関係者に対し歯学専門委員会の審査状況を教え、その対策を指導したこと、審査基準に照らし教員の合格不合格の見通し、教員の履歴書や業績の書き方を教示したこと及び教員を紹介したことを指すものと思料されるが、被告人桐野がなした右の所為はいずれも、同被告人の設置審又は歯学専門委員会の委員としての職務行為はもちろん、右職務と密接な関係を有する行為にも該らないものである。しかるに、これに該当するとした原判決は刑法の解釈適用を誤つたものであるというに帰する。

しかしながら、所論指摘の右事実のうち教員紹介行為が、被告人桐野の職務と密接な関係を有するものでないことは、所論のとおりであるが、原判決はこれを目して「福歯大の設置認可申請の調査審議に関して便宜な取扱いを受けた」ものと認定しているものとは解せられないので、右の点に関する限り、所論は前提を欠くものであつて失当というべきである。その他の所論につき、その是認できない理由は、先に被告人笠原関係において苑田弁護人の法令の解釈適用の誤りの所論に対する判断で述べたとおりであるから、右説示をここに引用する。

また、高良弁護人の審理不尽の所論についても、その理由のないことは、先に被告人桐野関係において森川弁護人と早川弁護人の同旨の所論に対する判断で述べたところと同様であるから、ここにこれを引用する。

そうすると、原判決には所論のような法令の解釈適用の誤りは存しないので、論旨は理由がない。

以上一、二、三のとおり各被告人の本件控訴はいずれも理由がないので、刑訴法三九六条により右各控訴を棄却し、当審における訴訟費用中、証人野口義人、同畑迫鉄治、同坪根政治、同原田洋、同染矢廣美、同上野正に支給した分は刑訴法一八一条一項本文、一八二条を適用して被告人三名の、証人上潟口武に支給した分は同法条を適用して被告人桐野及び同笠原の各連帯負担とし、証人は原田若次郎に支給した分は同法一八一条一項本文を適用して被告人笠原の、証人持山弥之助に支給した分は同法条を適用して、被告人徐の各負担とし、主文のとおり判決する。

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